しかたなく始めた陸上
ぼくが陸上を始めたのは、ろう学校の中学部に入ったとき。部活動が陸上部しかなかったんです。だから「しかたなく」入りました。
でも、中学3年生のときに、東北の大会で出会った友だちと高校で「リレーで一緒にメダルを獲ろう!」と約束したんです。そこから本気で練習を始めました。
走るたびに大きくなった「ありがとう」の気持ち

走れば走るほど、うれしい気持ちといっしょに、「ありがとう」という思いがふくらんでいきました。
がんばって走ると、まわりの人たちが「琢磨、おめでとう!」「元気が出た!」と声をかけてくれる。そのたびに、ぼくの中に力がわいてくるんです。
デフリンピックを知って生まれた夢
高校1年生のとき、ハンマー投の森本真敏選手の存在を通して「デフリンピック」を知りました。ろう者のオリンピックだと知って、「ぼくも出たい!」と思ったんです。
4年後、初めて出た2013年のソフィア大会では、世界の選手たちのレベルの高さにびっくり。100mの決勝を観客席から見ていて、「いつかこの舞台で走りたい」と強く思いました。

出会いがくれた力


2017年のサムスン大会では4×100mリレーで金メダルを獲りました。でも、ほんとうの夢は100mで勝つこと。そのあと、名取英二先生に出会ったことで、ぼくは大きく変わりました。
名取先生のアドバイスは、わかりやすくてイメージしやすいものでした。自分の足りていない部分や課題についてシンプルに教えていただき、自分でもいろいろなことに気づけました。毎日の練習を続けるうちに、どんどん自信がついていったんです。
そして2022年、カシアス・ド・スル大会の100mでついに金メダルを獲れました。レースの前に名取先生に「今までがんばってきたことを信じなさい」と言われて、『本当にそうだな』と全力を出しきれたんです。長い間描いてきた夢が叶った瞬間でした。
夢がかなったあとで
でも金メダルを獲ったあと、夢がなくなってしまい、「これから何を目指せばいいんだろう?」とわからなくなりました。しばらくはやる気が出ず、練習も楽しくなかったです。
でも、まわりの人が「琢磨の走りを見ると元気になる」と言ってくれて、気づいたんです。ぼくは“自分のため”に走っていたけれど、これからは“みんなに勇気をあげるため”に走ろうって。

東京では「世界デフ記録更新」と「三冠王」

今の目標は、東京2025デフリンピックで100mの世界デフ記録をこえること。そして、100m・200m・4×100mリレーの3つの種目で金メダルを獲ることです。
デフリンピックはきこえない選手のための大会で、自分が主になれる特別な舞台なんです!
ぼくが走る姿を見て、「自分もがんばろう」と思ってもらえたらうれしいです。
会場で、全力で走るぼくたちを応援してください!