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デフテニス・菰方里菜|「女王」が目指す、あと一つのタイトル

2024.04.17

去る1月に行われた全豪オープンのデフテニス部門で、見事シングルス優勝、ダブルス準優勝に輝いた菰方里菜選手。取材当日、現場に現れた彼女は身長154㎝と小柄で、柔らかな雰囲気を纏い、その成績から連想した“屈強さ”とはかけ離れていました。同志社大学に通う現役の学生でもある彼女に、テニスへの想いや学生生活、活躍が期待される東京2025デフリンピックなどについてうかがいました。

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菰方 里菜(こもかた・りな)
2002年三重県生まれ。同志社大学4年生

先天性の聴覚障害があり、補聴器を付けて生活する。6歳からテニスを始め、三重県立四日市商業高を経て、現在は同志社大学でテニス部の部長を務める。2023年にギリシャで開かれた「世界デフテニス選手権大会」に日本代表で出場し、女子シングルス・ダブルスで優勝。選ばれし8名のみが出場できる2024年1月の全豪オープン・デフテニス部門に、世界ランキング1位として堂々の選出。シングルス優勝・ダブルス準優勝と、まさしくデフテニス界の『女王』たる世界的な活躍を見せる。初出場となる東京2025デフリンピックで、残されたタイトルの獲得を目指す。

 

 

なるべく冷静に、冷静に

――テニスを始めたきっかけを教えてください。

母が趣味でテニスをしていた影響で6歳から始めました。最初は特に上手だったわけでもありません。当時は水泳も習っていて、どちらを続けようか迷ったんですね。手足が長いわけでもないですし、左利きだったので、それを生かせるのは水泳よりもテニスのほうだ!と思い選びました。

――菰方さんのプレースタイル、得意とするプレーを教えてください。

私は特に癖のあるプレイヤーではなく、いい意味でオールマイティーだと思っています。強引に打ち込まずにラリーを繋ぐ方で、チャンスが来るまで待って打つべきときに打つというタイプ。得意なプレーは、サーブやスマッシュなど、上から打つショットですね。

――試合中はどのようなことを考えながらプレーしているのでしょうか。

そうですね・・・、相手の弱点はどこかを見ていますね。心掛けていることは、無駄なことをしないで確実にプレーをすること、そして平常心です。緊張しやすいので、なるべく冷静に冷静に、です。

「緊張しやすい」と語る菰方選手。
オールマイティーなプレースタイルが強み

――相手に厳しいショットを打たれたり、追い込まれたりすることもあると思います。そのような場面では、どのような気持ちでプレーをしているのでしょうか?

とりあえずコートに返せば、何かしら起きるかもしれないと思っています。例えばネットに当たって相手のコートに落ちるとか、そういうラッキーなことが起こるかもしれない。そういう可能性を信じているので、ボールはコートの真ん中でもいいから、とにかくしつこく返す。追い込まれたときこそ、そういう気持ちでプレーしていますね。拾えるかどうかわらないショットも一生懸命に走って、どこでも拾いに行きます(笑)。ひたすらチャンスを待つ粘り強いタイプなので、諦めることはないです。

――シングルス、ダブルスのどちらもプレーしていますが、プレーをするうえで気持ちに違いはありますか?

シングルスは自由に自分のペースで試合が運べる楽しさがあります。結果を残したいのはシングルスですが、プレーをしていて楽しいのはダブルスなんですよ。それは二人で力を合わせているからこそだと思います。でも、どちらも試合に勝っているときは楽しい(笑)。自分のやりたいプレーが思い通りにできて、ポンポンと展開が進むときは、もう楽しさしかありません!

自分のペースで戦えるシングルスも、
力を合わせて戦えるダブルスもどちらも楽しい
※ご本人提供

コロナ禍が生んだ「次」への想い

――今までテニスを辞めたいと思ったことはありますか?

真剣に辞めたいと思ったことはありませんが、高校3年のときにコロナ禍で試合が全部無くなったときにはモチベーションが下がりましたね・・・。高校最後の全国大会がなくなってしまって、結果を残すことができなかった。だけど、その経験があったから「もう少し頑張って結果を残したい」という想いが強くなったんです。それで、大学でもテニスを続けることにしました。

――もしもの話になりますが、高校最後の大会が開催され、そこで納得がいく結果を残していたら辞めていたかもしれないということですか?

その可能性はありましたね。高校最後の年は自分なりに手応えを掴んでいた時期だったので、“もしあのとき試合があったらどうだったんだろう”という想いがずっとありましたから。力を試したい・結果を知りたいという気持ちが、大学でテニスを続けることに繋がっています。

――テニスを続けている原動力は何ですか?

ずっと支えてくれている母をはじめ、周りの人や環境が良かったこと。テニスが好きという気持ち。ここは私に勝てる人はなかなかいないんじゃないでしょうか(笑)。あとは結果を残していくとより一層楽しくなってくるので、もっとその「楽しい」を味わいたいのが一番の原動力ですね。

 

全豪オープンで日本人初の優勝!

――デフテニスを始めたのはいつ頃ですか?

中学生のときです。一般のジュニア大会に出たときに、たまたま同じ会場でデフテニスの選手たちが合宿をしていたんです。そこの監督とコーチが私の試合を見て、声をかけてくれたのがきっかけです。デフテニスを体験してみたら最初はなんだか難しくって(笑)。ただ、デフテニスという新しい世界を知った喜びはとても覚えています。

――デフテニスは補聴器をつけずにプレーします。その点の難しさはありましたか?

シングルスは自分との戦いなので、音がきこえなくても、私は特に難しさを感じません。逆にそれが集中力を上げることにつながっていますね。でも、ダブルスでは試合中の意思疎通が難しいんです。視覚だけでの判断になるので、前衛にいるときは後衛の動きは見えませんし、後衛にいたとしても前衛に声がけすることもできません。ボールや相手の動きを追いながら対応していくのは、きこえている選手たちからしたら想像以上に苦しいんじゃないかな・・・。なので、ペアを組む相手とは戦略について練習中はもちろん、試合前や終わった後も綿密に確認していますね。

――1月には全豪オープンに出場しましたが、会場の雰囲気はいかがでしたか?

いつもの試合とは全然違う盛り上がりでした!自分たちのデフテニス部門の前にプロ部門の準決勝・決勝があったのですが、私たちの試合もその時と同じくらい観客が多くて、盛り上げてくれたんです。あの環境でのプレーはデフテニスではなかなかできませんし、本当に貴重な経験になりました。これまでテレビで見ていただけの会場で、自分がプレーできたのもとても楽しかったですね。

2023年から新設されたデフテニス部門
世界ランク1位の堂々たるパフォーマンスを見せた
写真下はメイン会場のロッド・レーバー・アリーナ
※ご本人提供

――そのテレビで見ていた会場でプレーをして、シングルスでは優勝しました。シングルスで日本人が優勝するのは初めてという快挙ですが、優勝したときの気持ちを教えてください。

昨年9月にギリシャで行われた世界選手権で優勝したこともあり、全豪オープンはいつも以上に優勝したい気持ちが強くなっていました。その分、試合ではとても緊張したので、優勝した瞬間はいい意味でホッとしました。日本人として初めて優勝できて、歴史に名前を残せたことがとても嬉しかったです。

――ダブルスではオーストラリア出身のイザベル・ケアンズ選手と組んで準優勝しました。先ほど、ダブルスはコミュニケーションをとるのが難しいというお話がありましたが、どのようにコミュニケーションをとっていたのでしょうか?

母国語が違うので、いつも以上にコミュニケーションをとるのが難しかったですね。私は普段、手話をそれほど使いませんし、彼女もそうでした。ただ、手話を使っていたとしても日本の手話と国際手話とでは違いますから難しかったかもしれません。なのでコミュニケーションは、簡単な英語の口パクとジェスチャーです(笑)。お互いに目的は同じなので、やれることをしっかりやるという共通認識がありましたし、その上で、笑顔で楽しんでプレーすることを心掛けていたら準優勝できました。この結果も良かったですが、まだ12歳のイザベルが楽しんでプレーしてくれたのも嬉しかったです。

――昨年の世界選手権の決勝では、実は高熱を出されていたそうですね。体調が万全でないなかで、どのように試合に臨んだのでしょうか?

かなりしんどい状況ではありましたが、試合中は最後までプレーしたいという気持ちで集中していました。体がキツい分、ラクに勝てるようにいつも以上に試合運びを考えたのが良かったのかもしれません。結果的には、長いラリーにならないように早めに仕掛けたのがうまくいき、相手のミスが多くなって。思うような展開になりましたね。今振り返ると、無心になって目の前のボール追いかけて、やるべきことをやろうという意識が強かったのが、集中力の向上に繋がったんだと思います。この試合のおかげで、自分の状態に合わせてどういうプレーをしたらいいのかをしっかり考えるようになりました。

日本を、そして世界を代表する存在へ

――菰方さん自身が世界で戦える手応えを感じたのはいつ頃ですか。

高校2年生のときに、初めてトルコで開催された世界選手権に出場したときですね。シングルスは早々に負けてしまいましたが、ダブルスでは優勝できたんですよ。その大会を通して、世界で戦っている選手たちを知り、そのレベルを肌で感じることができました。それから徐々に自分の戦い方やペースがわかるようになって、自信が付き始めたのは大学2年の頃です。2023年の夏には良い方向に向かっている感覚があったので、ギリシャでの世界選手権は「優勝できる可能性があるな」と手応えを感じていました。

――どのような場面で自信がついてきたと感じられたのでしょうか。

大学2年生のときに初めてインカレの予選に出場したときに、格上の選手と打ち合うことができたんですよ。自分のテニスが伸びていると強く実感できました。その頃から大学のリーグ戦のメンバーにも選ばれるようになったので、周りからも認められたと思えたことも自信に繋がりましたね。

――憧れの選手や目標にしている選手はいますか?

ノバク・ジョコビッチ選手です。オールマイティーなところと、見ていて気持ちが良いプレーをするところが憧れで。最近、「見る人を楽しませる」ことも意識するようになりました。デフテニスを代表する存在として、私のプレーで少しでも関心を持ってもらえるように・・・という想い。それと、今までたくさんの人にお世話になっているので、テニスで恩返しできたらという想いが常にあります。

 

あとはデフリンピックだけ

――デフリンピックの存在を知ったのはいつごろですか?

デフテニスを始めた中学生のときに知りました。でもその頃はまだ特に意識はしていなくて、デフリンピックに出場することが明確な目標になったのは高校2年生。初めて世界選手権に出場したときからですね。

――その目標にしていたデフリンピックが来年、東京で開催されます。楽しみにしていることは?

有明テニスの森という日本を代表するテニスコートでプレーできることはもちろんですが、友人や家族、普段お世話になっている人たちが応援に来てくれることが一番ですね。他の競技の選手と交流できる機会もあると思うので、それも楽しみ! 今はSNS上でしか繋がっていない人たちとも実際にお話できるかもしれないし、そういった出会いにもワクワクしていますね。本当に2025年が待ち遠しいです!

――多くの方が応援に来てくれる大会になると思いますが、どんなプレーを見せたいですか?

東京2025デフリンピックまでには、もっといろんなショットを使えるようにしたいですね。これまではシングルスでは前に出てのショットが少なかったので、それを増やそうと取り組んでいます。社会人になって迎える初めての大会なので、学生時代とは違った自分を見せたいですし、いつものように走って拾って最後までボールを追いかける、諦めない姿を見せたい。そして、優勝したいです。あと優勝していないのはデフリンピックだけなんですよ!

――優勝を目指すうえで、ライバルや警戒している選手はいますか?

全豪オープンでダブルス組んだイザベルですね。彼女はまだ12歳ですが今でも体が大きいですし、技術の面でもどんどん伸びる時期だと思います。成長した彼女に対して、私ももっと成長した姿でぶつかりたいですし、絶対勝ちたいです。

――100周年という歴史ある大会が日本で開催され、それに選手として出場できることに対してはどのような想いがありますか?

日本で開催することでデフリンピックが注目され、デフスポーツの知名度が上がることを期待しています。そのためにも自分自身が活躍することが一番大事ですよね。少しでも多くの人たちに「おもしろい」と思ってもらえるようなプレーで、優勝をつかみ取りたいです。

 

アクティブで甘いもの好きな女子大生

――ここからは菰方さんのプライベートについてお聞かせください。ご自身の性格について、自分自身ではどのように思っていますか?

結構マイペースなのと、意外とキレイ好きです。潔癖症とは違いますが、みんなが濡れた足で歩くところはなるべく避けたいので温泉やプールは苦手です(笑)。もう克服しましたが、以前はお鍋をみんなで食べるのも苦手でした・・・。
こだわりはあまりないのですが、ラケットのガットの緩みやグリップの握った感触に関してはとても繊細ですね。そのこだわりの強さは嫌になるぐらい(笑)。それ以外のこだわりはほんとに何もないですねー。

――インドア派かアウトドア派か?

超アウトドア派です! バイトを掛け持ちしたあとに、友達とご飯を食べに行くのもまったく苦にならないです。引きこもりとは正反対。休みが一日あったら、遊びに出かけないともったいないと思うタイプなので、いろいろと予定をつくりますね。

――現在、同志社大学に通う4年生で、大学の部活では主将も務めています。部員をまとめるためにどのようなことを行っているのでしょうか。

部員全員の意見を聞くようにしていて、毎回試合が終わるたびに一人ひとりと面談をしています。その意見をまとめたうえで練習メニューも考えています。私たちの部活は生徒が主体で、自分たちでメニューを決めて練習をするので、みんなの意見になるべく応えられるようにするのを意識していますね。主将は結構大変です(笑)。

――同志社大学を選んだのは、何か理由があったのでしょうか。

良い意味で「自由」なところですかね。同志社大学のテニス部は、髪を染めることもピアスやネイルをするのも自由。大学生らしく生活をしながらテニスができることが、同志社大学を選んだ理由のひとつです。テニスに打ち込むのはもちろんですが、学生生活もしっかり楽しむ。それが実現できているので、この大学を選んで本当によかったですね。

――大学生活で思い出に残っていることはありますか?

同期のメンバーとバーベキューしたり、飲み会をしたり・・・。高校までは同期に男子がいなかったので、大学で男子の同期ができたのは新鮮でした。20歳の誕生日にみんなで飲みに行こうとなって、一緒に盛り上がったのはキラキラした思い出です(笑)。

――お酒は強い方ですか?

飲みます・・・ね(笑)。好きなお酒は飲みやすいので梅酒。ビールも飲みますが、ハイボールの方が太りにくいかなと思って、最近はハイボールも多いです(笑)。ストレスが溜まったときは、試合がなければ友達と飲みに行きます。飲んで楽しくなると気持ちよく眠れるので、結果的に疲れがとれるんですよ。友達とワァ~と楽しんで寝て、起きたらまた頑張る!という感じです。楽しいことがあると頑張れるので、また会えるのをご褒美に次も頑張ろうと思えます。

――アクティブな菰方さんですが、休日は何をしていますか?

カフェ巡りが好きです! 最近行って良かったのは、京都市内にある「FORTUNE GARDEN KYOTO」。お店の雰囲気もとても良くて、パンケーキも美味しい! ちょっといい値段ですが、ふわふわだけどふわふわ過ぎない・・・、絶妙でしたね。京都市内には美味しい店がたくさんあるのでチェックしています。

――甘いものが好きなのですか?

大好きです。子供の頃はケーキ屋さんになりたかったほどで、今もときどきチーズケーキやパウンドケーキをつくったりします。でも、食べ過ぎるとすぐ太ってしまうので気をつけています(笑)。

 

デフの仲間と目指す2025年

――この春から4年生になり、大学生活も最後の年になりました。卒業までにやろうと思っていることはありますか。

もっと手話を勉強したいんです。私は普段は手話をあまり使わないので、上手な方ではなくて。手話ができればいろんな人と関わることができるし、手助けできることも増えますよね。時間がある今のうちに勉強して、デフリンピックではしっかり使えるようになりたいです!

――デフリンピックを一緒に戦う選手で、おすすめの方はいますか?

鈴木梨子選手ですね。私がデフテニスを始めた少しあとに入ってきたので、本当に長い付き合いで。お互いどんな人間なのかわかっているし、気を遣わなくていい嬉しい存在ですね。梨子はとても優しい性格で、いつも私の話を聞いてくれて。そばに彼女がいてくれて本当によかったなって思います。

中学生のときからの付き合い。
互いに高め合う存在へ
(左下が鈴木梨子選手)※ご本人提供

――他の競技で交流のある選手はいますか?

デフのなかでは本当に知り合いが少ないんですよ・・・。ただ、初めてデフの他競技の選手に会える機会があって! 大阪体育大学で陸上競技をしている北谷宏人くんです。北谷くんの種目は棒高跳で、カシアス・ド・スル2022デフリンピックでは優勝しています。年齢も関西出身というのも同じというのを知って、身近にこんな素晴らしい選手がいたことに驚きました。私が結果を残したときにはコメントを送ってくれたり、とても励みになっていますね。

――最後に東京2025デフリンピックを楽しみにしている読者のみなさまへメッセージをお願いします!

テニスでは女子はもちろん、男子も頑張っていますし、他の競技でも日本人選手がたくさん出場します。大勢の人に会場に来て応援してほしいですし、いろんなデフアスリートを見つけてみてほしいです。私ももっといろんな選手を紹介できるように、仲間を増やします(笑)。あとはデフリンピックを通して障害者スポーツを少しでも知ってもらえたら嬉しいです。みなさんに楽しんでもらえるよう一生懸命頑張りますので、ぜひ見に来てください!

Instagram:komorinn5

text by 木村 理恵子
photographs by 椋尾 詩

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