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陸上競技・三浦 龍司 | 人生を変えた3000m障害物との出会い。選手として、人間として「自分の軸ができた」

2024.03.21

「3000m障害物に出会って僕の人生は変わった」。そう語る三浦龍司選手は、日本記録を更新し続ける同種目の“申し子”と言える存在です。19歳で出場した東京2020オリンピックでは7位。ブダペスト2023世界陸上でも6位と、いずれも日本人初となる入賞を果たしています。世界の頂点を見据える22歳が歩んできた道、そしてこれからとは。

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三浦 龍司(みうら・りゅうじ)
2002年島根県生まれ。男子3000m障害物日本記録保持者(8分09秒91)

洛南高校、順天堂大学を経て、2024年4月よりSUBARU陸上部に入社予定。
2021年、19歳で男子3000m障害物の日本記録を18年ぶりに更新。その後の東京2020オリンピック、ブタペスト2023世界陸上で日本人選手として初の入賞を果たす。毎年行われるダイヤモンドリーグでもファイナルに複数回出場し入賞に輝く。
日本陸連アスレティックス・アワード2023では数ある選手の中から「優秀選手賞」に選出。日本陸連ファン投票2023のトップアスリート部門「ベストパフォーマンス賞」では男子選手で1位(全体3位)に選ばれるなど、名実ともに今後の活躍が期待される逸材。

 

 

全国レベルで戦えるのであれば「飛び込もう」と決断

――陸上を始めたきっかけを教えてください。

親に勧められたことに加え、近くにクラブチームがあったので、そこに参加したのがきっかけです。3000m障害物は高校からの種目で、ジュニア期には取り組んでいないのですが、その頃にハードルや長距離をやっていたことで、クラブチームのコーチが「向いているんじゃないか」と可能性を見出してくれた。それで高校生になってから始めました。

――最初に勧められたときはどう感じましたか?

目立たない種目でもあるので、僕からしても「何だそれは」という感じでした(笑)。でも転向すること自体に消極的ではなかったんです。当時の僕はすごく弱かった。全国レベルの選手たちと戦えるのであれば、その種目に飛び込もうと思いました。

コーチの勧めで転向した3000m障害物で才能が開花。
同種目を始める前は「すごく弱かった」と振り返る

――ご自身のどういう特長が3000m障害物に向いていると感じますか?

跳躍力など長距離以外もジュニア期に培った力があったので、それをトータルして考えると、3000m障害物と相性が良かったのかもしれません。関連性の高い動きが多かったので、そういう部分をコーチが見て、「可能性があるんじゃないか」と勧めてくれたのだと思います。

――3000m障害物で世界を目指せると感じたようなレースや出来事はありますか?

自分自身でも変わったなと思えたのは、2020年、大学1年のときのホクレンディスタンスチャレンジです。その大会で8分19秒37を出して、乗り越えるのに少し苦労するんじゃないかと思っていたタイムを縮めることができた。東京2020オリンピック出場にもぐっと近づいたし、日本記録更新にも手が届くんじゃないかと思えるきっかけになりました。

 

タイムが飛躍的に伸びた要因

――2021年に行われた東京2020オリンピックのテストイベントで8分17秒46と日本記録を18年ぶりに更新しています。この時期に記録が伸びた要因は何だったのでしょうか?

大学に入学した2020年は、ちょうど新型コロナウイルスが拡大してきたころで、大学に一度は来たのですが、すぐに自宅に戻って自主練習になりました。メニューとしては基礎的な練習を重点的にやりつつ、質の部分も含めて今まで経験したことがないような負荷の高い練習をすることになったので、それがかみ合ったのがまず良かったと思います。あとはシューズを変えたこともあります。高校のときに使っていたスパイクは一般的なものでしたが、ホクレンディスタンスではエアの入った厚底のスパイクを履いて記録が伸びた。こうしたシューズや練習環境の変化が大きな要因だったように思います。

――スパイクの違いはどういうところに感じましたか?

3000m障害物は衝撃が強い種目でもあるので、靴底にエアが入っていることで接地衝撃が緩和されたり、それがうまく推進力に変わるという感覚がありました。今までにない感覚でしたし、それを試したことによりフレッシュな感覚で走れたことが記録向上につながったのだと思います。想像以上にシューズの役割は大きくて、その効果が後半になるほど出てきますし、疲れてきたときにうまくそうした性能を生かせれば、記録は伸びるんだと感じました。

スパイクを変えたことも
記録が伸びた一つの要因だという

――障害を計28回、水濠(すいごう)を7回も跳び越える過酷な種目ですが、三浦選手自身はどういうところに3000m障害物の魅力や奥深さを感じますか?

スーパー高校生と言われるようなレベルであれば、8分30秒台を出すというところまでは進めると思います。ただそこまでが元から持つ選手の能力値であって、その上は技術面や1500mのスピードと持久力が総合的に高いレベルでないと、コンスタントに記録を出していくことが難しい。さらに国際大会を戦うのであれば、同じクオリティーの再現性を求められる。パフォーマンスを出そうと思うほど、様々な種目で高い能力が必要になるところが魅力だと感じています。

 

水濠はぶっつけ本番で臨んだ方がいい

――どういうところに注目して見ると、競技の面白さをより感じられるのでしょうか?

水濠は一つのポイントだと思います。レース展開も目まぐるしく変わる種目なので、ラスト100mまでレースの行方が分からない。観る人もやる人も緊張感を味わえる種目かなと思います。コンタクトスポーツで、障害は自分でミスをする可能性もある。やっている側からすると終始気を抜けない。一回の接触で1位にいたのに順位を大きく落とすことはざらにあります。観ている人からするとそれは魅力でもあると思いますし、やっている側からしたら醍醐味でもあります。

3000m障害物の大きなポイントである水濠。
一つのミスで順位が変わることも

――水濠への対処はどのようにしていますか?

判断力がすごく求められると思うので、感情的にならないように意識しています。例えば残り300mで他の選手が抜け出したからといって、僕は付いていきません。残り50mまで障害があるので、がむしゃらに行くと体力が残っていなくて転倒したりするんです。最後の150mで一番気が抜けない水濠があるので、いつも通りのパフォーマンスを出さないと足をすくわれる結果になる。そこは冷静でいる必要があると思っています。

――練習はどのように行っていますか?

シーズンに入ると障害を使って距離感覚をつかんだり、接地からの動き出しなど、自分の体のキレを確かめる練習が増えてきます。ただ、水濠の練習は特にしないです。諸説ありますが、水濠はぶっつけ本番で臨んだ方がいいと僕は思っています。水濠はリスクの方が高いですし、跳ぶ動作だけで言えば障害で補えると考えています。

水濠への対応は、障害の練習で補っているという
※ご本人提供

国際大会に出場することで「目標がより明確に」

――過去に「自分は3000m障害物に出会えたことで変われた人間」という発言をされています。選手として、人間としてどう変われたと感じていますか?

僕自身は中学生のときのレベルで言えば、全国で通用しない選手でした。3000m障害物に取り組むことで、今まで戦えなかった舞台で戦うことができた。この種目に出会えてなかったら僕は何もない選手だったと思います。人間的には海外での国際大会に出場できたことで、日本で常識だと思っていた価値観が、実はそこまで重要ではないということも分かりました。様々な情報を得て、違う視点を持つことができたし、新たな発見も毎回あります。

――国際大会に出場することで得た価値観や発見というのは具体的にどういうものですか?

目標がより明確になりましたね。自分の軸ができて、やりたいこと、どこに向かいたいという目的がはっきりした。例えば、国内のレースだとタイムにこだわる傾向が強いところがありますが、海外のレースだと順位、勝敗がすべてモノを言う。最高のパフォーマンスというのはタイムが指標になりがちなんですね。ただ、結果が求められるときは貪欲さ、ずるがしこさ、ハングリーさというのが大事になる。海外の選手はそれがむき出しになることが多い。それもあって、僕も最近は勝負にこだわることが多くなりました。

国際大会に出場することで、
「自分に一本の軸ができた」

自国開催は巡り合わせ「チャンスを最大限に生かしたい」

――今年はパリ2024オリンピックが開催され、来年には東京で世界陸上が行われます。ご自身が考える将来のロードマップみたいなものはありますか?

パリ2024オリンピックや東京2025世界陸上ではメダルを目指したいですし、結果にこだわっていきたいと考えています。あとはコロナの影響での延期もあって、ここ最近は毎年のように世界規模の大会が開催されています。東京2025世界陸上が終われば少し期間が空くので、自分をもう一度見つめ直したいですね。他種目の競技力を上げるための方針や、3000m障害物を強くするためのアプローチを調整する段階に入ってくる。さらに成長できるポイントを迎えるタイミングだと思っています。

――東京2025世界陸上はご自身にとってどのような舞台になりますか?

東京2020オリンピックを経て、また自国開催の世界大会になるので、一つの巡り合わせだと思っています。これも縁なので、そのチャンスを最大限に生かしたいですね。

自国開催の世界陸上は一つの巡り合わせ。
「チャンスを最大限に生かしたい」と語る

――世界陸上が東京で開催される意義はどんなところだと感じていますか?

地元開催ということもあり、コンディションやその大会に臨むまでのパフォーマンスを一番有利に持っていけるところですね。海外選手に比べると気楽に臨めると思っています。

――東京2025世界陸上で楽しみにしていることや期待していることがあったら教えてください。

それは自分が結果を出すことです。友達が見に来てくれたとしても、自分が満足できていないと意味がない。そこは納得できるパフォーマンスを見せたいと思っています。

自然豊かで、ゆっくり過ごせる場所が好き

――ここからは三浦さんのパーソナルな部分について、お聞かせください。休日はどのように過ごされていることが多いですか?

大学が長期の休みのときは、友達と遊びに行くことが多いですね。ただ、シーズン中は日本でオフがあまりないので、たまに取れたときはインドアになります。

――友達とはどういうところに遊びに行くのですか?

ショッピングモールに買い物に行くくらいですかね。僕は島根県の浜田市というところ出身で、正直田舎です(笑)。それもあって自然豊かで、ゆっくりボーっと過ごせるような場所が好きなんです。そんなにアクティブなことはせず、外の空気を吸う感じですね。

島根県浜田市出身。自然豊かで、ゆっくり過ごせる場所を好んでいる

――島根のおすすめポイントはどこかありますか?

浜田は海がすごくきれいで食べ物もおいしい。何も邪魔するものがないので、一人で自分の時間を大切にしたい人にはおすすめです。

――浜田ではどんな遊びをやるんですか?

それこそ鬼ごっこやかくれんぼも自然の中でやるので大規模なものになっていました。おもちゃのトイガンを使ったサバイバルゲームみたいなこととか、川や山も多かったので、散策したりキャンプしたりという感じで遊んでいましたね。

 

今までで一番緊張したのは「教育実習」

――最近ハマっていることがあったら教えてください。

運転免許を取ったので、ドライブです。最近はレンタカーで友達と江の島に行きました。その友達が神奈川出身だったので、江の島を案内してくれました。二人で食べ歩きもしましたね。

――あまり大人数は得意でない?

僕は二、三人が限界です(笑)。

――車で音楽をかけたりはしないですか?

たまにはかけますよ。最近は中学生のときに流行った曲をかけて「懐かしい」と言いながら、当時のエピソードトークをしました。AAAやGReeeeN、FUNKY MONKEY BΛBY’Sは中学校の校舎や体育祭で流れていたので、それを聴きながらドライブしていました。

――レース前にリラックスするために音楽をきく選手もいます。三浦選手は緊張するタイプですか?

ド緊張することはあまりないです。逆に気持ちがうまく上がらなくて、緊張感を高めたいときは音楽をきいたり、モチベーションムービーを見たりします。

――今までで一番緊張したことは?

教育実習ですかね。昨年2月に母校の洛南高校に行って、保健体育を教えてきました。期間は3~4週間だったのですが、最後に研究授業という他の先生に評価してもらう授業があって、その計画を立てるのは大変でした。

――ただでさえ二、三人が限界なのに大人数の生徒に教えるのは大変ですね(笑)。

まぁ、けっこうな重労働でした(笑)。人の前で喋るのは何ともないのですが、生徒をコントロールしたり、研究授業を何にするか決めたり、自分で準備して発表するのが緊張しましたね。

今までで一番緊張したのは教育実習。
二、三人といるのが限界なのに…

人間関係をうまくやってこられたのが不思議(笑)

――ご自身の性格はどのように分析していますか?

僕は無頓着なことが多いので、マイペースです。流されるところは流されますが、大多数の人に流行っていることに、興味がなかったりするんですよね。

――一人っ子ということですが、どうやって世の中の文化を取り入れたのですか?

僕には本当にそういう文化が入ってこなかった感じで。ゲーム機やカードゲームなんかも流行るじゃないですか。でも僕はそういうのを一切やってこなかった。逆にそんな中で人間関係をうまくやってこられたことが僕も不思議です(笑)。でも田舎だったので、外で遊ぶ子がすごく多かった。ゲームだけじゃなく、みんなの遊び場があったのはよかったです。

一人っ子で流行にはあまり興味がない。
「人間関係をうまくやってこられたことが不思議」と笑う

――昔からスポーツはテレビで見ていましたか?

そうですね。スポーツもですが、映画も好きなのでよく見ていました。

――好きな映画は?

ジャンル問わずけっこう見るので、選ぶのが難しいですね。最近サブスクで観た映画では「プラダを着た悪魔」「アバウト・タイム」「マイ・インターン」や、韓国映画で「私の頭の中の消しゴム」とか、あげたらキリがないです。何度も繰り返し見ているのは「君の名は」と「聲(こえ)の形」ですかね。

――おすすめの選手や憧れている選手はいますか?

努力して、打ち込んでいる選手は誰でもカッコいいと思います。小さい頃に幼心ですごいなと思ったのは、箱根駅伝を走っていた東洋大学の柏原竜二選手ですね。

――最後に東京2025世界陸上を楽しみにしている読者の皆さんへメッセージをお願いします!

東京2020オリンピックはコロナの影響で、スタジアムに来ること自体が難しかった。ただ最近は元のように観戦できる機会も増えてきています。東京2025世界陸上も、競技をする人、それを支える人、観る人が一堂に集まることですごく盛り上がると思います。多くの方が集まることで選手も元気づけられたり、やる気も出る。僕自身は最高のパフォーマンスを出すのはもちろんですが、みなさんに楽しんでいただけるような勝負をしていきます!

text by Moritaka Ohashi
photographs by 椋尾 詩

共同制作:公益財団法人東京2025世界陸上財団

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