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デフ陸上・山田 真樹|「アスリート」と「表現者」の二刀流。東京の地で再び金メダルを

2023.11.15

山田真樹選手には、2つの顔があります。1つはアスリート。サムスン2017デフリンピックの陸上200mと4×100mリレーで金メダルを獲得し、東京2025デフリンピックでも再び頂点を目指しています。もう1つは表現者としての顔です。幼いころからパントマイムに取り組み、2023年5月には演劇にも出演しています。そんな山田選手に「陸上」と「表現」についての思いを伺いました。

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提供:一般社団法人日本デフ陸上競技協会

山田 真樹(やまだ・まき)
1997年東京都生まれ。高等部まで東京都立中央ろう学校に通い、東京経済大学へ。卒業後はアスリート社員として株式会社渕上ファインズへ入社。初出場のサムスン2017デフリンピックでは200mと4×100mリレーで金、400mで銀と計3個のメダルを獲得した、デフ陸上をリードする存在。

 

イギリスから神様がついてきた

――走ることが好きになったきっかけを教えてください。

僕が中学1年生のとき、東日本大震災が起こりました。僕は、見て分かる通りハーフで(笑)。母はイギリス人で、父は日本人なのですが、イギリスは地震があまりない国ということもあって、母は震災を体験して恐怖からイギリスに帰りたいと言いました。それがきっかけとなり、僕は母とイギリスに行って、1カ月間そこで生活をすることになったんです。

イギリスではほぼ毎日、近くの公園やバッキンガム宮殿の周りを、お母さんの友達と一緒に30分くらいジョギングしていました。ただ日本に友達もいるし、やっぱり日本に帰りたいですよね。母に一生懸命頼みこんで、どうにか日本に帰れることになったんです。帰るときは3人でした。もう一人は誰だと思いますか?(笑)

日本に帰ってすぐ、中学校の体力テストでも、めきめきと結果が出るようになりました。中2ではトップを取り、そしてその後に行われた陸上の大会でも1位になったんです。いつの間にか足が速くなり、走ることが楽しくなったという感じです。

――イギリスから帰ってきたら突然、足が速くなったと。

イギリスから日本に帰ってきたときに、もしかして僕の後ろに神様がついてきたのかなと(笑)。3人と言ったのはその神様のことです。信じるか、信じないかは皆さんにお任せしますが、運命を変えてくれたし、僕はそう信じています。イギリスに行って本当に良かったと思います。

「イギリスから神様がついてきたのかもしれない」と、足が速くなった理由を語る山田選手

――そこから本格的に陸上を始めて、走る楽しさはどういう部分に感じるようになりましたか?

陸上にはタイムがあります。自己ベストを更新することは、今までの練習が報われたということ。それが形として見えるのはやはり楽しいですね。最初はろう者の中で1位になれればいいと思っていましたが、デフリンピックで世界一になり、次に頑張れるところはどこだろうと考えたとき、聴者の世界で戦うことだと思いました。東京2025デフリンピックでまた世界一になることとともに、それが次の目標の一つになっています。

 

聴者に勝てないという思い込みを壊すことができた

――実際に聴者の大会に出場してみて感じたことはありますか?

最初は圧倒的な差を感じました。それでも頑張り続けることで、聴者とも戦えるようになってきた。だんだん差が縮まっている感覚はありますし、「いくら練習しても聴者には勝てない」という思い込みや概念を打ち壊すことができたと思っています。現役を引退するまでに日本選手権に出場することが、今の僕の夢です。

より高みを目指し日々のトレーニングに臨む 提供:一般社団法人日本デフ陸上競技協会

――聴者と走って、その差を最初に思い知らされたのはいつですか?

インカレに出場したときです。インカレの中でも僕が通っていた東京経済大学は2部でした。そのときは200mの決勝に残ったのですが、僕が出したタイムは1部の準決勝にも残れないタイムだったんです。僕にとってはセカンドベストのタイムだったのですが、1部はまだまだ遠いなと感じました。

――そうした差を埋めるために、練習や生活で何か変えたことはありますか?

パワーが足りないので、食事や生活習慣を変えたりもしています。あとはコロナ禍以降、練習以外で毎日30分は勉強、30分は読書の時間に充てるようになりました。読書は苦手なので、なかなか達成するのは大変ですが(笑)。

 

指導することで言語化をできるようになった

――どんな勉強をしているのですか?

今、ろう学校で部活の指導をしていて、指導方法やメンタルトレーニングなどについて勉強しています。子供たちに教えることで、それが自分のためにもなっています。

――人に教えるということは、ご自身の競技にもすごく役立つものですか?

言語化できるのが大きいです。今まではインプット中心で、コーチに教えてもらうことをアウトプットする機会がなかった。2年前に指導の仕事をいただいてから、アウトプットする機会が増え、言語化するにはどうすればいいのかといろいろ考えました。最初はうまく伝えられない部分もたくさんあったのですが、指導するようになって、自分で勉強することの大切さを実感しました。

――言語化できるようになったことで、これまでは感覚的だったことが論理的にも考えられるようになったというイメージでしょうか?

そうですね。体の仕組みや、筋肉の動き方などを言語化して説明できるようになりました。例えば腿(もも)上げをしたとします。手で膝を抑えたときと、腿の付け根を抑えたとき、どちらが足を動かしやすいか。腿の付け根なんです。股関節を意識して、腿を引っ張り上げるイメージです。感覚としては自分でも分かっていましたが、子供たちに教えるとき、「あれ」とか「これ」という感じで説明になっていなかった。言語化の必要性をすごく感じました。

指導をとおして競技や自らに対しての理解が進んだという

キラキラした山田に戻りたい

――東京2025デフリンピックは山田選手にとってどのようなものになりますか? 

これまでと違う自分を見せるのが東京2025デフリンピックになると思います。2017年のサムスン大会で金メダルを2つ取り、2022年のカシアス・ド・スル大会で2連覇する予定でした。ただ新型コロナウイルスの影響でスタートラインに立つことができなかった(編注:日本選手団に感染者が確認されたため)。そのぶん東京大会では勝ちたい強い気持ちがあります。もう一度金メダルを取って、キラキラした山田に戻りたい。また今までお世話になったみなさんに恩返しする場にできたらいいなと思います。

サムスン2017大会の200m決勝でのゴールシーン。あのときの興奮と感動を、東京で再び。
提供:一般社団法人日本デフ陸上競技協会

ろう者が聴者を演じる意味

――ここからは選手としてではなく、山田真樹さんという人間についてお聞かせください。表現者としても活動されているそうですね。

パントマイムや役者をやっています。小学生のときに学校でパントマイムのワークショップがあって、そのときに教えてくれたのが世界でも有名な小野寺修二先生でした。パントマイムは日本語も手話も使わない。みんな平等です。全身で表現して、相手に何かを伝えられる。もちろん捉え方は違いますが、同じメッセージを出すことができる。だから僕には衝撃的だったし、生きがいにもなりました。

――今年の5月には演劇「聴者を演じるということ 序論」にも出演されています。

テレビドラマなどでは、ろう者の役を聴者が演じています。ただ、当事者からするとどうしても違和感がある、という声がSNSなどでも多くありました。ろう者が聴者を演じることで、確かにきこえる人っぽいけど何かが違うということ、言葉にならないもやもやとした違和感を、聴者に抱かせる目的もありました。

聴者を演じた演劇の一コマ。「違和感」を伝える、これもまた言語化の一つ

――聴者を演じてみてどうでしたか?

もちろんすごく難しかったです!(苦笑) 演じてみて分かったのは、きこえる人は表情があまり動かないんですよね。あと首も動かさない。またきこえない人からしてみると、聴者は、周りに迷惑をかけないように、音を出さないように日々暮らしていると思っていたんです。でも逆にあえて「音を出した方がきこえる人っぽい」こともあるそうで、それはびっくりしました。 

 

演劇でも陸上でも「聴く」という心構えを大事に

表現者として、撮影でもサービス精神は旺盛だった

――実際にその演劇をやってみてどういう経験になりましたか?

演じてみて自分の課題が「再現力」にあることが分かったんです。繰り返し同じ演技をすることができず、毎回バラバラになってしまった。再現力は陸上でも大事です。今日はすごく調子が良いから走れる、今日は調子悪いからダメというわけにはいかない。再現力があることが本当のプロだと思いますし、常に最高のパフォーマンスを再現できることが強さだと思います。

――演劇で見つけた課題が陸上にも繋がっていくのは面白いですね。

そうですね。再現力を言語化ができたことも自分にとっては大きな成果だったと思います。演劇だと、演技が変わるとメッセージも変わってしまう。舞台では監督の考えを出さないといけない。陸上でも良いパフォーマンスを出すためには、コーチの指導通りに走る必要があります。競技を始めて10年。まだまだ学ぶことがいっぱいあります。

――表現する上で大事にしていることは何ですか?

「きく」という漢字には「聞く」と「聴く」があります。聴者が思い浮かべるのは「聞く」だと思いますが、個人的には「聴く」が自分の考え方に当てはまるように思います。「聴く」は1つ1つの部位をバラバラにすると、「耳+目+心」になりますよね。耳から入る情報だけではなく、目で見てアイコンタクトを取り、どういう表情なのか、心の扉がどれだけ開いているか。興味があるか、ないのか。それは相手の目を見れば分かります。意思疎通を図るときは、目を合わせて理解しようという意識を持っています。演劇でも陸上でも、僕は相手を「聴く」という心構えを大事にしています。
――あらためて、2025年の東京デフリンピック開催への期待を聞かせてください。

ろう者に対する理解が広まるといいなと思います。僕はみなさんに手話を覚えてほしいとは思っていません。大事なのはやはりコミュニケーション。きこえない方に話しかけられて、「手話が分からない」と尻込みするのではなく、ジェスチャーや筆談、携帯のメモ機能を使ってもいい。柔軟性のあるコミュニケーションを取れる日本人、日本社会になったらいいなと思います。

X:@MAKCY0607
Instagram:deafworld400

text by Moritaka Ohashi
photographs by Kiyoshi Sakamoto

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