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2025をつくる人たち

塩田しおた 有規ゆうきさん

スポーツドクター
順天堂大学 スポーツ健康科学部 准教授

塩田 有規|デフの方たちも受診しやすい病院へ。医療の現場を変えていく

2024.01.16

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都と順天堂大学・電気通信大学との共同事業『東京デフリンピックに向けたAI手話翻訳ツールの活用とボーダレススポーツイベントの開催』。塩田先生は当事業の代表であり、デフリンピックやパラリンピックでの帯同医や競技会場ドクターの経験も合わせ持つ。
大学病院の医師が障害者スポーツやアスリートの支援に情熱を注ぐ、その理由とは・・・?

障害者スポーツの競技現場で知った
メディカルサポートに慣れていない選手たちの現状

―先生はなぜ、スポーツ医学の世界へ足を踏み入れることに?

塩田 小さい頃からスポーツはするのも見るのも好きで、野球やバスケットボールを経て、高校ではラグビーを始めました。ラグビーは小柄な人でもできるし、当時は「スクールウォーズ」というテレビドラマが流行っていたこともあり。それで勉強しないで部活ばっかりやってましたね。 
 その高校生時代、ラグビーをやっていた際に大ケガをしたことが、ひとつのきっかけだったんです。腰の骨を折ったんですよ。もう競技復帰はできないと思い、当時は部活しか生き甲斐がなかったんでホントに絶望していたんです・・・。でも。そのときにお世話になった医師がすごくいい方でね。その先生が「また(ラグビーが)できるよ」と復帰に向けて強く後押ししてくれて。そのかわり骨折が治ったら、「毎日腹筋を1,000回やれ」とか言われたり(笑)。そのときになんか救われた思いがしてね。「ああ、スポーツにたずさわるにはドクターの道もあるんだな」って思ったんです。やっぱりスポーツが大好きなので。その出来事がスポーツ医学に入るひとつのきっかけですね。

―パラやデフのスポーツとかかわりを持たれるようになった契機とは?

塩田 東京2020パラリンピックです。陸上競技会場のドクターを務めました。これにかかわったのもたまたまなんですよ。大学宛てに大会にかかわるドクターの募集がきていて、「だったらぼく行きたいです」って手を挙げたんです。それが、パラスポーツとの最初の出会いですね。

―パラスポーツにもともと関心があった?

塩田 別にすごく興味を持っていたわけじゃないんです、正直言うと・・・。そういうお話があったから飛びついただけなんですよね。当時はパラリンピックについては選手もほとんど知らなかったし、どんな競技があるかも報道で扱われているものくらいしか知らなかったし・・・。ただ、どんな方が対象であってもメディカルサポートを行う立場としてかかわろうと思っただけなんです。
 ぼくはラグビーのトップチーム「東京サントリーサンゴリアス」のチームドクターをさせてもらっているんですけど、プロリーグがあったりプロ選手がいるようなスポーツでは、選手たちはチームドクターにサポートされることに慣れているんですよね。パラスポーツの現場に入ってまず感じたのが、パラの選手たちがメディカルサポートを受けるのに慣れていないこと。そんな状況もあり、ぼくがかかわることでとても喜んでくれたし、感謝してもらえることが多いなって思いましたね。

―「慣れていない」という理由は?

塩田 特に障害者スポーツの現場では多いのではないかと思いますが、必要な人材を雇うためのお金がなかなかないんですよね。だから、サポートを受けられる環境にそもそも身を置けていない、という現実があります。
 また、現在かかわっている医師たちもボランティアとは言わないですが、それに近い形が多いのが現状です。だから新しい人が増えていかなくて、ず~っと同じ医師が長くやっているというイメージです。
 そういった環境を変えられたらいいですけど・・・。医師としてサポートすることも大事ですが、お金を得て体制を整えられる人材も大事だし、必要だなって思いますね。

―カシアス・ド・スル2022デフリンピックでは日本選手団の帯同も。メディカルサポートをする上で違いはあるのか?

塩田 ぼくがチームドクターや帯同医をするようになったのは、高校時代に青春のすべてを懸けていたラグビーがスタートなんですが、そこから競技レベルが高い選手や代表レベルの選手とかかわるようになったんですね。その上でパラリンピックやデフリンピックに参加し感じたことですが、スポーツに懸ける思い、考え方や悩みは、障害があろうがなかろうが、プロ選手だろうが日本代表だろうが、みんな一緒で変わらないですね。それを強く感じました。

―治療や疾患の種類という面では?

塩田 それは違いましたね。障害者スポーツの選手の疾患は見たことがないものもあって、実際にかかわるまではあまり診察をしたことがなかったので、発見ばかりでした。「こんな疾患や症状があるんだ」と。でも、やれる治療やサポートは今あるものから選択していくだけなので、特別難しいと思ったことはないですね。
 いつも言うんですけど、ぼくは奉仕の精神とかにあふれているわけではまったくなくて、「楽しいからやっているだけ」なんです。

―どういったところが「楽しい」?

塩田 チームドクターや帯同医として選手のそばで試合を観るときに、ぼくもアドレナリンが出るんです。競技をやっているわけじゃないのに、「よ~っし!!」ってね(笑)。選手たちと一緒に喜んで、同じ土俵ではないですが同じところに一緒にいて、みんなでやるっていうのが楽しいんだなって感じます。

カシアス・ド・スル2022デフリンピック日本選手団のメディカルチーム (中央が塩田先生)
カシアス・ド・スル2022デフリンピックでの 左:現地病院にて選手の診察 右:現地病院スタッフと

―メディカルサポートを行う中で一番大切にされている点とは?

塩田 本番で一生懸命に力を出せる状態にしてあげたい、まずその思いがあります。あとはできる限りベストな治療ができるように、自分も勉強をして知見を高めながらサポートしてあげたい。選手には、常にそういう気持ちで向かっています。
 でも、なかなか思うようにいかないこともありますよ。治らないケガや病気もありますし、どういう治療がベストなのか迷うこともたくさんある。そこはいつも考えます。

―医師から見たら「これ以上はダメ」という状態でも、今この瞬間が大事だと思う選手にはどう対応を?

塩田 結局は本人次第なんです。僕らが止めてもやる選手はやるし、逆にぼくらが「やれるよ」って言ってもやらない選手もいるし(笑)。繊細なんですよね、スポーツ選手って。本人の意思をいかにくみ取ってあげるかっていうのが、ひとつ意識するところですね。治療だけではなく、メンタルの部分もね。

―これまで多くの選手をサポートされてきた中で、印象に残るエピソードは?

塩田 ふだん病院に来る人にはやらないような治療を、選手に行うことはあります。例えば「痛み止めの注射」が良い例ですね。患部を治すのではなく痛みをわからなくしているだけなので、結果としてもっと痛めちゃうんですよ。でも特別な試合のときだけは、なんとか痛みもなく思いっきりやりたいっていう選手の意思あってのことでね。ただ、最近は特に試合前の痛み止めの注射は、禁止される方向になってきています。

―競技の現場ならではですね。

塩田 それが本当にいいことなのかっていう思いはあります。でも、ぼくも同じ立場だったら「そうして」って言うと思いますね。
 実は以前、日本一を争う大会の準決勝で指を骨折してしまった選手がいて。チームの中心的な選手で、彼がいるのといないのとでは大きく変わる。決勝が待ち受ける中で、本人は「出たい、出られる」と。チームが勝つには絶対に必要な選手だけど、試合に出てさらにケガを悪化させたら、将来に影響が残るかもしれないし。医療者として本当にGoサインを出していいのかどうか、出場に向けてどうすべきか、すごく迷ったんです。僕の伝え方一つで、その選手が出場できるかできないかが決まるかもしれなくて、それが日本一になれるかどうかの試合となるとなおさら・・・。「ゲームプランが変わっても、たとえ実力の半分しか出せなくても、その選手がいるだけで違うんじゃないか」って、最後は少し私情も挟んでチームドクターとしてGoサインを出したんです。その結果・・・監督は、その選手を出さない判断をしました。その選手には、監督に何でもっと強く言ってくれなかったんだって少し怒られましたけど。ただ僕の一つの判断が、選手生命を奪っていたかもしれないと思うと、今でもゾッとしますね。
 逆もありますよ。選手から「疲れているし、体も痛いから本当は休みたい」って。選手からはなかなか言いにくいらしいんです。そのあと使われなくなるかもしれないから。選手もドクターも監督の方針のもと雇われている立場なので、関係値次第ではクビを切られる可能性もあるんです。
 でも、選手を医学的かつ純粋に守るなら、監督の意図と逆のことを言わないといけないときもある。だから日頃から監督とも信頼関係をつくらなきゃいけない、そこが一番腐心しています。チームドクターとして、治療や診断の能力だけあればいいわけじゃないんですよね。

負傷した選手のケアを行う塩田先生(中央)
ラグビーという特に身体接触が強く、多い競技
グラウンドの中でも外でも、チームドクターとしてのパフォーマンスが問われる

軽い気持ちでデフリンピックの帯同医に――
現場で初めて気づかされたデフへの理解不足

―手話と音声で双方向の会話が可能なデジタルツール『SureTalk(シュアトーク)※』を活用した都との共同事業の代表をされていますが?

塩田 ぼくはこのSureTalkに可能性を感じているのですが、デフの人と接してみて、一番はコミュニケーションをどう取るかなんですよね。カシアス・ド・スル2022デフリンピックで初めてデフスポーツの現場に帯同することになったとき、行く前は「筆談ができればいいでしょ」って思ってたんですよ・・・。ただ、そんな単純じゃなかった。ぼくは現場でホントに苦労したんですよ、なめていたとこがありました。

※SureTalk:手話ユーザーと音声ユーザーのコミュニケーションをより円滑にするためにソフトバンク株式会社と電気通信大学が開発したサービス。手話の認識は多くの手話動画データを必要とするため、人それぞれの手話動作の特徴を抽出し、そのデータを数値化させAIに学習させることで、1つの手話として認識が可能になる。
公式ウェブサイト:https://www.suretalk.mb.softbank.jp/

手話と音声をテキスト化できる「SureTalk」
提供:ソフトバンク株式会社

―どのような点で苦労を?

塩田 まず筆談ってまどろっこしいんですよ。音声での会話とスピードが全然違って。あと、ニュアンスが伝わりにくいですよね。そこでまず、会話をするときは表情とかも含めてコミュニケーションを取っているんだなってわかりました。だからなのか、デフの選手たちに対して無意識ながら、その国の言葉がしゃべれない外国人といる感覚でした。話しかけるときに、なぜか思わず英語で話しかけちゃったんですよ・・・。話しかけたぼくもビックリしちゃって。「あれ?英語で話しかけちゃった」って(苦笑)。

―デフの選手への理解不足に気づかされた?

塩田 そうなんです。選手の皆さんに申し訳ないことをしたとずっと思っていました。こちらの意図が伝わりきっていないことがありましたし、同じことを繰り返し話す場面もありましたね。
 そのとき選手から聞いたんですが、デフの方は病院を受診しにくいんですって。診断の際に例えば筆談でやりとりをしていると、ドクターの中にはイライラしてくる人がいて、それがわかってしまうそうです。だから、具合がちょっと悪いぐらいだとガマンしちゃう場合もあると・・・。コミュニケーションについてもですが、デフの患者さんと長く接していないと気づかないこともある。彼ら特有の症状なんかの理解も含め、ちゃんと診断ができるかと言われると難しいこともあるんだろうなって思います。だから「この大学病院を、彼らがもっと受診しやすい病院にできないかな」という思いが、デフリンピックから帰国した後もずっとありました。
 そんな頃に、武田裕子先生※1と知り合ったんです。障害の有無や言語にかかわらず病院に受診できる環境づくりの研究や取り組みをされている方で、ぼくがデフの競技団体や選手たちにかかわっていると言ったら声をかけてくれて・・・。ひとりで活動するより仲間がいっぱいいたほうがいいですよね。今日もこのあとSureTalkを試してもらったりデフアスリートと交流をしてもらうイベント※2を開きます。実はこうしたイベントを通じて、ほかの先生方の参加も増やそうと画策しているんです。

※1 武田 裕子(たけだ・ゆうこ):順天堂大学医学部 医学教育研究室 教授。「やさしい日本語」を用いた医療コミュニケーションの紹介や普及活動に取り組んでいる。医療×「やさしい日本語」研究会代表。

※2 『デフアスリートと話そう AI手話翻訳ツール体験会』:東京の持続的発展やSDGsの推進に資する大学の取組を支援する「東京都と大学との共同事業」のうち、2023年度に順天堂大学、電気通信大学と連携し、東京2025デフリンピックの開催を契機に、誰もがスポーツを楽しめるボーダレスな東京の実現に向け実施する事業。2024年3月まで計6回開催。
順天堂大学スポーツ医学研究室ウェブサイト:https://sportsmed.juntendo.ac.jp/projects/topics/1148/

 手話を一から覚えるのは正直とても大変なことだと思っています。全員が全員覚えるなんて、申し訳ないですが現実的ではない。ただ、世の中を変えるのは「テクノロジー」だと思っているんです。そこで、便利な技術が使えたらなあと思っていたところにSureTalkのことを知って。この技術の発展に向けて都との共同事業に応募しました。
 本当はすぐにでも病院にもSureTalkを置きたいんですが、まだまだ発展途上の技術なんですね。今はAIにいろんな手話を学習させていく段階。なので、皆さんにどんどん試していただくことで進化していきますし、体験会など触れてもらう機会を重ねていって、地道にやっていくしかないと思っています。

『デフアスリートと話そう AI手話翻訳ツール体験会』第3回(2023年12月開催)
体験会ではデフアスリートとの交流も。 左からデフ自転車でデフリンピック出場経験もある早瀬久美選手、早瀬憲太郎選手、箭内秀平選手
参加者に実際にSureTalkを体験してもらう

デフアスリートを応援する満員の会場へ
『知らない』ことへのマインドチェンジ

―デフアスリートと接するようになって、医師としての考え方や生き方に変化は?

塩田 「知らない」ことが、いろいろと誤解に通じていくんだなと思いますね。勝手な思い込みで。人間は知らないことに対して、かなり否定的になっていくんだなって感じました。知らないニュースや新しい取り組みに触れたときに、否定的に思ってしまっている自分に気づかされたんですね。
 だから、もし知らないことを聞かれたり、体験したときに「いきなり否定せず、まずは肯定的にとらえよう」って思ったんです。そういうマインドチェンジと考え方を学びましたね。

―デフリンピックが東京で初開催される2025年、そしてその先の未来に向けて、先生が望む社会や世界とは?

塩田 以前、2024年にオリンピック・パラリンピックを開催するパリに留学したことがあるんですが、東京よりはるかに街が古くて不便で、エスカレーターやエレベーターもない。バスだって日本みたいに車いす用の座席があるわけじゃない。でもその中で車いすの方がいたときに、そこにいるみんなで手伝うんです、ヨイショって。別にみんな知り合いじゃないんですよ。それが普通にできるんですね。あとは小さい子どもを連れていると、100%席を譲られるんです。例えば若者が音楽を聴いていて気づかない(気づかないフリをしている?)ときでも、周りの人が「譲りなさい」って言ってくれるんです。
 そういったことが「自然に」できる社会や環境になればいいですよね。そんなこと言いつつも、自分でもいまだに勇気がいることではありますが・・・。その「勇気」を後押ししてくれるものがSureTalkのようなテクノロジーかもしれませんし、2025年に向けて多くの方が『知る』きっかけを少しでもつくっていきたいなって思います。

―今感じている今後の課題やビジョンなどは?

塩田 まずはデフの方たちが気兼ねなく受診できるようにこの病院を変えていきたいし、都との共同事業などを通じて病院自体の機運も上げたいなって思っています。「知らない、興味のない人たち」にいかに協力してもらえるようにできるかというのも、医者としてのぼくの課題です。ほかの科の先生にどう協力してもらえるかなと。トップダウンじゃダメだって思っているんです。みんなが「楽しい」と思って一緒に取り組んで、デフや障害のあるアスリートたちを観に来て応援してくれるといいなというのが理想です。
 ただ、スポーツってある意味厳しくて、おもしろくなければ観に来ないし、無理に「障害者だからみんなで応援してあげようよ」なんて言っても、それはうまくいかないですよね。でもぼくがそうだったように、選手を知って、一度でも話したことがあるとか近い関係になれれば、それだけでも応援してあげようかなってマインドに変わっていきますよね。テレビを見るだけより近くに、ね。だからこういう講習会などで選手との交流の場をつくって、「手話でちょっと話せた」とかそういう体験っていいのかなって思ったんですよ。

デフアスリートとの実際の交流が、マインドチェンジの一つのきっかけになるかも

―東京2025デフリンピックへ、読者の皆さんへメッセージを。

塩田 日本のデフアスリートたちはとても強くて、これまでの大会でもメダルをたくさん獲っています。「知る」ことで応援したいと思える選手がいっぱいいるなと思うんですね。
 選手にとっては、大観衆の中でパフォーマンスをするのが一番うれしいこと。デフリンピックが東京で開催されるときには、たくさんの方々に会場へ観に来てもらって応援してほしいです。そのために引き続き「知る」ためのきっかけづくりをがんばりたいですし、みなさんにぜひ「知らない」ことに向き合ってみるトライをしてみてほしいです!

塩田 有規(しおた ゆうき)/千葉生まれ
順天堂大学 スポーツ健康科学部 准教授

小学校では野球、中学校ではバスケットボール、そして高校、大学とラグビーに明け暮れる。高校では一つ上の先輩が花園(全国大会)に出場。自身の代では県ベスト8止まり。好きな教科は小学校から一貫して体育。高校で負ったケガをきっかけに医学の道を志す。
大学卒業後は順天堂大学整形外科教室に入局し、スポーツドクターの道へ。ラグビーチーム「東京サントリーサンゴリアス」のチームドクターとしてアスリートの診療に携わるかたわら、東京2020オリンピック・パラリンピックの会場ドクター、カシアス・ド・スル2022デフリンピックへの帯同、さらに2023 年スペシャルオリンピックス夏季世界大会・ベルリン、杭州 2022アジアパラ競技大会への帯同など障害者スポーツにも積極的にかかわっている。
趣味はマラソン。

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